養育費を支払って欲しい(改正民事執行法も含めて)
1 はじめに
夫と離婚した。離婚後も養育費を支払ってくれる約束だった。しかし、元夫は、「新車を購入したのでローンの支払いがある」「親に小遣いを渡している」「趣味でお金がかかるから余裕がない」など、色々と理由をつけて養育費を支払ってくれないということがあります。あるいは、元夫と連絡が取れなくなって、今、どこにいるのかも分からないということもあります。このままでは、子ども達と生活していけない。不安で夜も眠れない。残念ながら、こういった事は決して稀なことではありません。では、養育費を支払ってもらうためにはどうすればよいのでしょうか。
2 家庭裁判所の手続
まず、家庭裁判所の手続きで養育費を決めた場合は、家事事件手続法上の制度として、「履行勧 告」(家事事件手続法289条)、「履行命令」(家事事件手続法290条)という制度があります。
(1)「履行勧告」について
調停・審判を行った裁判所に申出をします。無料でできます。電話でもできます。申出を受けた裁判所は、養育費の支払いを怠っている夫に対し、出頭命令・書面による照会、聞き取り調査等を実施、場合によっては、養育費を支払うよう勧告します。夫からすると、裁判所から目をつけられている、見張られているというような心理的プレッシャーがかかり、任意に履行することが期待されています。実際にも、裁判所からの連絡をうけて、びっくりした夫がこれまでの滞納分を一括して支払ってきたり、滞納分につき分割払いの申し出がなされた例もあります。
(2)「履行命令」について
申立により裁判所が、審判によって、養育費を支払っていない夫に対して、それを支払うように命じる制度です。これも口頭で申立てることができますが、手数料が必要になります。命令自体には強制力はありません(もっとも10万円以下の過料の制裁はあります。)。しかし、養育費の調停・審判を経たにもかからず、それを無視して支払わない人にとってみれば、更に「命令」を受けても(また、10万円程度の過料では)、痛くも痒くもないと開き直ることも多く、その実効性に疑問を指摘する声もあります。
3 立替払制度等
自治体によっては、養育費の支払いにつき民間の保証会社と保証契約を締結し(保証会社に支払う保証料は自治体が負担する)、養育費の不払分は保証会社が立て替えて支払い、立て替えた養育費は保証会社が夫から回収するというような枠組みの制度が設けられている場合があります。
4 間接強制
「夫がお金を持っていることは間違いないが、財産がどこにあるのかわからない」といった場合や、「自営業の夫が、個人名義から会社名義に財産を移して、会社名義の財産で贅沢をしている」というような場合には、間接強制という方法を選択することも考えられます。これは、裁判所が、養育費を支払わない夫に対して、「養育費を支払わない場合は、1日につき金○○円を支払え」という旨の命令を行うものです。滞納している養育費のみならず、これから支払われるべき半年先の養育費の分についても間接強制の申立ができます。
5 差押え
(1)制度の説明
これは、元夫名義の預貯金の口座や、元夫が会社から支給される給料から、強制的に養育費を取り立てるといったイメージもものです。例えば、裁判所に対して、元夫名義の銀行預金をターゲットにした申立てを行うと、裁判所から銀行に対して書類が送られて、元夫名義の銀行預金をロックされます。あなたは、元夫の口座にいくらあるか教えてもらえますので、銀行に対して連絡して、自分の指定する銀行口座等に振り込んでもらうように言います。また、元夫の給料をターゲットにする場合は、裁判所から元夫の勤務先に書類が届くと、会社は、元夫の給料の2分の1をあなたに支払い、残り2分の1を元夫に支払うことになります。この場合も、あなたは元夫の会社に連絡して、振込先口座を指定すれば、そこに振り込んでもらえます。給料の支払時期は、多くの会社はゴトウ日です。銀行の窓口やATMはひどく混み合います。そんな中、会社の給与担当者は、元夫の(養育費未払いという)不始末のために、わざわざ(混み合った)銀行に出向いて、長蛇の列に並ぶなどして、指定された口座への振込手続きを行うことになります。しかも、それは当月だけでなく、毎月繰り返すことになります。会社の人事・総務部門から元夫に対して激しいクレームがなされることは容易に想像されます。会社全体に、事態が知れ渡る可能性もあり得ます。また、裁判所から会社に書類が届いた時点で、元夫は即日、本社の人事に呼び出され、会社に迷惑を掛けないように指導されることも多くあります(それまで、請求を無視してきたにもかかわらず、突然、電話がかかってきて、分割払いするので差し押さ等の取り下げて欲しいと求められることもあります)。
(2)財産開示制度
例えば、元夫名義の銀行口座(銀行名と支店名)が判明していれば、上述したような預金の差し押さえが実際上も可能となります。では、元夫名義の銀行口座(銀行名と支店名)が不明の場合はどうしたらよいのでしょうか。このような場合には、財産開示手続をとることが考えられます。これは、裁判所が債務者に対して財産の開示を命ずる制度です。財産開示手続そのものは、平成15年に創設されました。しかし、当時は、仮執行宣言付判決、執行証書(公正証書)、支払督促の場合は利用できないとされていました。また、回答を拒否したり、虚偽の回答をしても、その制裁は30万円以下の過料とされていました。加えて、制度の位置づけとして、債務者本人(例:養育費を支払わない人)に裁判所に出頭してもらい任意に財産開示してもらうことに着目した制度とされていたことから、債務者が行方不明の場合は、実際上は実施されていなかったようです。そのためか、あまり使い勝手が良くないと批判されることもありました。そこで、令和元年の改正では、仮執行宣言付判決、執行証書(公正証書)、支払督促の場合も利用することができるようになりました。また、回答拒否・虚偽回答の場合の制裁は「6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金」とされました。過料は行政罰ですが、これからは刑事罰を課せられることになります。また、制度の位置づけが、次に述べる情報取得手続へ進むためのワンステップとされたために、行方不明の場合でも公示送達(裁判所の掲示板に書類を張り出して、一定期間経過すれば、書類を送ったことにしてしまう制度)で行うことが可能となりました。財産開示手続でめぼしい財産を捕捉できれば、その財産を差し押さえればよいことになります。しかし、財産開示手続でもこれといった財産がわからない場合は、次ぎの情報取得手続に進みます(なお、預貯金については、財産開示手続を経ている必要はありません)。
(3)情報取得手続
ア 不動産について、裁判所を通じて登記所に照会することができます。これによりどんな不動産を所有しているかわかります。全国を対象とすることができます。
イ 預貯金・振替社債等について、銀行や証券会社から情報を取得することができます。なお、生命保険は、情報取得手続の対象外とされています。
ウ 勤務先につき、市区町村、日本年金機構、国家公務員共済組合、地方公務員共済組合等から情報を取得することができます。厚生年金に加入しているのであれば、日本年金機構、国家公務員であれば国家公務員共済組合等、地方公務員であれば地方公務員共済組合等から勤務先の情報を取得することができます。厚生年金に加入していない場合は、市町村から情報取得することになります。勤務先が判明すれば、給与等の差押えが可能となります。